天球と紙片byはてなブログ

『天球と紙片』とついているが、実際は管理人の日常をだらだらと書いているだけのブログ

Twitterを見て思ったことのまとめ(と言う名のポエム)

Twitterは今日も地獄インターネッツです

 これは「俺今年頑張った Advent Calendar 2019 」の15日目の記事です。

 というわけで、このアドカレをつくったしそのはでございます。

 いきなりFediverseじゃなくてTwitterの話題を出してくるのかと思った人もいるでしょうが、順番を適当に決めたらこうなってたという言い訳をさせてください(言い訳になっていない)。また後日の記事でFediverseの話も出しますのでもう少しお待ちくださいっ!

 

で、何の記事よこれ

 さて今回のタイトルを見て何の話をするか全くわからない人もいると思います。この記事では、私がTwitterを公開アカウントにしてからTL等を見て思ったことをつらつらと書いていく、そんな記事となっております。具体的には、「オタクと呼ばれる人たちのある層の多くがやりがちな行動」、「脳内資源を節約するための思考・行動の簡易化」といったものを取り扱います。この記事を読んで、なんかのヒントとしてに役に立ったのなったら幸いです。

※私が思ったことで検証とかは何もしていないから鵜呑みにしないでね!!

思ったこと

ある一定の層のオタクがやりがちな行動

 まずはこの話題から書いていきましょう。ある一定の層のオタクがやりがちな行動として「極端に走りやすい」といったものがあります。例えば「教えられたことを絶対的な正義と思い込む」、「自分の価値観と合わない発言をたたく」、「公式から出されたグッズの大量買いする」、「ある観点から見ると問題があるものを大体表現の自由として擁護する」といったものです。

「え?それオタクじゃなくてもやる人いるじゃん」

確かにそうです。これらの行動と言うのは別にオタクに限らず行っている人はいます。特に「自分の価値観と合わない発言をたたく」は、現実世界でも見受けられます。しかしTwitterを見る限り、Twitterにいるオタクは多かれ少なかれこのような性質を持っていることが多いです。

 後で説明しますが、このような性質が出るのは「中間と言う概念が薄い」ところから発生しているのだと思っています。

内在化による齟齬

 続いてはこの話題です。この話題はTwitterで一度話をしているので、私のTwitterアカウントを見ている人は存じていると思います。もともと他の人が「なんで女オタクが自分のことのように他人の行動をつつくのか」といった話をしている際にまとめたものです。Twitterには文字数がかなり制限されているので、改めて説明しようと思います。

0.前提として、同属性を持っている他人を自身へ内在化する人をA、Aと同じ任意の属性を持っていてかつAに内在化される人をBとする

 ここで言う同属性とは、同じジャンルにいるクラスタ等をイメージするとわかりやすいです。ある程度枠が決められている属性の中でも、自身と同じ属性を持っている他人を内在化するといった感じです。

1.Aが同じ任意の属性を持つ他人Bを内在化することで、その人をある自分(の一部)として自分の思うルール下に置くという状況がAの視点でできる

 BをAのパーツとして拡大解釈するといったほうがわかりやすいと思います。Aのシステムに組み込まれるCPUやメモリといった資源が、A自身による拡大解釈によって増えるみたいなイメージです。

2.BはAから見ると同ルールに従う必要のある人なので、AがBがルールに沿っていない場合にルールを適応させようと動く。結果、A以外から見たらマイルールをプロトコルにしようと同意なしにねじ込んでいるという状況になる

 A視点からするとBはAのシステムに組み込まれているものという判断となります。このため、BはAシステム全体(つまりAそのもの)が従っているルールに従う必要のある人となります。ここからBがAが従っているルールに背いていた場合、Aシステムの一つとして違反を指摘する流れができます。結果的にA以外からすると、AがA自身が従っているルールに他人を巻き込もうとしているように見える状況になります。上記で「ルール」ではなく「プロトコル」と書いているのは、A以外から見るとAとBの関係は対人だからです。内向きの対自己の「ルール」と区別して「プロトコル」と書きました。

3.もしBから反発があった場合、自分を一部をコントロールできていないとAは考える。ここでAがBのコントロールのために、AがBにA以外では攻撃と認識され得る行動をとる

 ここでBがAに対して反発を行うということは、AからするとAシステムの一部が暴走しているという解釈ができます。AからするとBは身内のため、何をやってでもBの暴走を抑えようと攻撃と認識され得る行動に走ります。特殊能力を持っている左手の暴走を止めるために自傷行為をするのと一緒でしょうかね?

 

以上のようなことをTwitterのほうで書きました。

 なお、このように他人を内在化する理由として、

  • その人が自分の生活のなかで欠かせない存在となっている
  • 他人を自分に置き換える癖がついている
  • 過去の経験(主にやられた側として)から、内在化するのが当たり前となっている
  • 本当に自他の感覚がない

といったことを挙げました。これも後で書きますが、おそらく今までの対話経験に原因があるのではないかなと思っています。

脳内資源の節約のための簡易化

 続いては思考や行動に関する話題を出しましょう。

 読んでいる人の中には物事を判断するときに大まかにくくったり、別のものを同一視するということをやったことのある人がいるでしょう。今回の話題はそれに関連する話です。

炎上が話題になっているときに「これだからフェミニストは~」や「オタクは馬鹿」といったことを言っている人もいたと思います。このように「フェミニスト」、「オタク」のように大きくくくることで、本来は細かく考えないといけないもの(つまり脳内処理としては時間がかかるもの)を抽象化して考えて脳内処理を簡易化していると考えています。

 無論、この現象はどのような人であってもおこるものであり、結構普通の考え方だともいえます。しかしこの考え方はさっき説明した「極端に走りやすい」と親和性が高く、この二つのコンボで炎上で頻出する「炎上した人への誹謗中傷」が起こるのではないかと考えます。

 また読解力と誤読に関しても同様のことが言えると思います。こちらでは先程説明した「大きくくくる」ではなく「文章中に出てくる単語のポジネガ値より文脈を判断する」という方法になります。具体的に説明すると、文を読んだ時に出てきた単語に対してポジティブかネガティブか判断し、全体的にどちらのほうが多いかを見て文脈を予想するという方法です。これに加えて「文の序盤に結論を書いていることが多いため序盤の文だけをとって判定する」「個人的に圧倒的にポジティブ/ネガティブになる単語は重みをつけて判定する」といった処理を行うとさらに簡易化されますね。このような処理をほどこした結果、誤読が生まれるのではないかと考えています。

 これらの現象も、対話経験原因によるものではないかと考えています。

年齢層と発言の極端さ

 この話題はTwitterと美容系レビューサイトのLIPSを見て思ったものです。

 LIPSにはユーザが化粧品をレビュー記事を上げることができるのですが、その際に悪い評価を付けたものがあるとコメントで叩かれることがあります。ちなみに同じようなサイトでユーザの年齢層が高いアットコスメの場合、このような現象はあまり見られません(知らないだけですごいあるのかもしれないけど)。LIPSは高校生といった10代のユーザが多いのでそこで差が生まれたと思います。

 この現象、Twitterでも見たことのある人もいるのではないでしょうか。女性向けジャンルの界隈で学級会や当事者に若年層が多いという話もあるので、若年層になればなるほどこのように発言が極端になりやすいのかなと思っています。後述する概念としての中間の希薄さや対話経験にも関係してくるのではないでしょうか。

中間やその他という概念

 さて表層的な部分の説明は終わったので、ここからはちょっと深入りした話でもしようかと思います。

 先程の説明で「中間と言う概念が薄い」と書かれている個所がありました。これについて話していきます。

 まず、ここでは概念としての「中間」とは、ある特定の選択肢がある中であらわすことができない領域のことをを指しておきます。簡単に言うとはっきりと2択で答えることができない領域ですね。「ゲームは学力的に影響があるか否か」みたいな質問はこの概念の中間にありますね。「ある面では~である」みたいに分解すれば2択で答えられる質問もここに入ります。この中間の概念が薄いというのは、2択で答えられない質問はないといった、あらゆる事柄は相対する属性のどちらかを保有しているというような考え方をしていることを言います。尺度の目盛りとしては0の次に100しかない状態です。

 ここでなぜ極端な考えになるかについて考えていくと、単純に中間の概念をよく知らないからという結論になりました。

 ついでに「その他の概念が薄い」ということも話しましょう。

 例えば「あなたは今"は"犯罪を犯してないのですね?」といった質問があるとしましょう。ここであなたが「犯罪を犯したことがない」と伝えるには、はい/いいえのどちらを答えることでできるのでしょうか?はいと答えた場合「昔は犯罪行為をしていた」という答えになり、いいえの場合は「今も法を犯している」という答えとなります。無理ですね。「今まで犯罪にあたる行動をしていない」と答える場合、「そもそも法を犯すようなまねはしていない」というようにはい/いいえ以外で伝えるしかないのです。もしこの質問者がはい/いいえで答えろと言ってきた場合、その人はそれ以外の回答があることを考慮に入れずに発言したということになりますね。これが「その他の概念が薄い」です。言えば視野狭しが発動しているタイプですね。これも単純にその他の事柄をよく知らないから起こることだと思います。

というわけで、このようなことが起こるのは中間やその他のことについてよく知らないからという結論が出ました。では中間やその他の概念をよく知らない原因は?最後にそれを考察していきましょう。

対話の重要性 

 というわけで最後に対話の重要性について書いていきます。

 結論から言うと、今まで挙げていた事柄は全て対話経験やその方法が原因としてあると考えます。その理由を一つずつ述べていきましょう。

 まずは「中間の概念をよく知らない」ということについて対話の関係性を考えてみましょう。ここで質問ですが、中間の概念とはどのように学ぶものなのでしょうか。私は他者からだと思います。他人との対話を重ねることでさまざまな意見に出会うことができます。それらを加味して総合的に考えたときにどちらとも言えないという結論を出すことで実感することで、中間の概念を学ぶのではないでしょうか。したがって、そういう機会がないとこの概念は理解することはできないのではないかと考えます。

 また、対話を重ねることで他者と自分、あるものとある別のものがどのように違うかということも実感できると思います。つまり自分と他人を分離することができるようになります。内在化や脳内処理の簡易化の原因は対話経験の少なさによるものではないでしょうか。年齢層によって発言の極端さが違うというのも、若年層がまだ自分と他人の分離がきちんと行われていないが故かなと思います。

このように今回あげた話題ら対話の経験不足によって発生していると言えると考えることができます。

 ではどうすればこのようなことが起きないのか、何度も言っているように対話の経験を増やすしかないと思います。ただ、対話において「適当に相手に合わせる」、「怖いから自分の意見を隠す」というのはさまざまな意見を知ることや違いを比較することにおいてはあまりよくないです。そういうことを考えると、方法として一番いいのはディスカッションをすることではないでしょうか。あら、当たり前の結論が出ちゃった。

最後に

 というわけで、私がTwitter今まで見ていて思ったことでした。割と長かったですがここまで読んでくれてありがとうございました。

書いてから別々の記事にすればよかったなぁと思いましたが、とりあえず書ききりました。えらいねしそのは。またこういうことがあったら記事にしようと思います。